プライミング効果


先日某超難関有名私立大学に通う友人と会ったときの話。


ふと、わたしは自分が取り組む課題を思い出し「課題やらないとなぁ」とボヤいたんです。

すると友人「僕の大学では、課題はほとんどないんだよ。誰も与えてはくれない。与えられるのを待つんじゃなくて、自分から見つけにいかないといけないんだよ」との答え。

そのときは、特に気にも留めなかったんですが、考えてみると面白いこというなぁと思ったわけです。


課題には必ず期日があります。期日を過ぎると受け取ってもらえなかったり、評価がさがったり…終いには単位を落としたり?

課題に縛られるのは嫌なものです。常に、やらなきゃやらなきゃやらなきゃと頭の中にあるというのは、控えめに言っても心地よくはないですね。


だがしかし。


自分から(課題になるようなものを)見つけにいく、ということは、言い換えるならば自分の興味のあることについて探究していく、ということであって、自分の見たこと聞いたことに対する疑問を紐解くに過ぎないのではないかと、思うんです。


わたしは、自分が様々な分野で無知であることを自覚しています。あ、無知の知を言いたいわけではありません笑

たとえば教授の話す理解し難い理論。

これ、自分で見つけに行ってたどり着けるものなんでしょうか。と言うとおそらく、「興味もなくて役に立つかもわからない理論にたどりついたところでどうするの」と思う人もいるでしょうが、自分が本当に興味を持つ分野で、全く関係ないと思っていたことが結びつく、いわゆるプライミング効果とでもいうのでしょうか、思考の幅は格段に広がることも確かです。



結論。

パターン化された思考を持った自分から全く新しい思考を生み出すのには限界があるということ。

どんなに自分が足掻いたところで、知ることができる内容や分量はたかが知れてます。

自分で課題を見つけていくんだ!われらが○○(大学名)生!と闊歩するのは自由ですが、その発言の裏に、何が潜んでいるのかを考えてこそ○○生なのではないでしょうかね。

マンモスの超難関有名私立大学では1人の教授が数百人の生徒に時間をかけることは皆無なので、「自分たちで課題を見つけにいけ」と言って事態を合理化してるのではないかなという印象を覚えて終わったという、くだらないに近いお話でした。


結論が長くなってしまったのはいただけないですね。


2回目の更新はこの辺にしておきましょう。